平和と公正の選択を求めるネットワーク(「へいこうせん」)

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原点に立ち返って・・・物言えぬ英加さんに代わり『うちなー讃歌』の紹介 


へいこうせん賛同者、外間喜明さん(http://blogs.yahoo.co.jp/gppdq762)からの投稿です。

■原点に立ち返って・・・物言えぬ英加さんに代わり『うちなー讃歌』(http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-23854-storytopic-6.html)の紹介

 沖縄の本になんで憲法なの? 疑問を持ってお読みの方もいらっしゃるかと思います。武器を持たない島として、沖縄は本来戦争から最も遠い所でした。それが、あの沖縄戦で地獄のようになったのです。慶良間での集団死を巡って教科書の記述が問題になっていますが、日本軍がやってこなかったら、違う展開になっていたでしょう。慶良間の一部に前島という小島がありますが、そこには日本軍はいなかった。そして、あのような悲劇は起きていません。
 幼い頃の僕は米軍機の爆音におびえて、木にしがみついていたそうです。戦争は終わったものの、平和でなかったのです。小学校入学前に大病を患い、母は田畑を売り払っただけでなく、借金を重ねて僕の病気を治してくれましたが、それから地獄の苦しみでした。社会保障が全くなかったからです。なぜ? 憲法がなかったのです。
 二〇〇七年の今年は憲法六十歳。施行されてから六十年目です。しかし、沖縄ではまだ三十五年です。一九七二年に復帰してやっと適用されるようになったのです。米軍占領下の沖縄では、実にさまざまなことが起きています。沖縄人民は虫けら同然だったといっても言い過ぎではありません。何故でしょうか。いくつかの答えがあると思いますが、「憲法がなかった」からです。民主的で平和的な内容の憲法がなかったからです。  皆さんの力を借りて、僕が全国に広めようとしている宮良英加さんが 、勉強したくてもできなかったのは、明治憲法では学問の自由も保障されてなかったからです。思想の自由も表現の自由も、拷問の禁止もありませんでした。戦時中は国民の権利は更に押さえつけられていました。
 このようにして、憲法というのは、国民の生活に欠かせないものです。国民の基本的人権を保障し、政治の主人公は国民であるという国民主権を規定し、戦争は絶対にしないと誓った憲法が必要なのです。 ところが、どうも憲法という硬いものはよくわからんとか、面倒くさいと思う国民が少なくないようです。憲法がなかったらどうなるの?  答えは復帰前の沖縄や戦前の窮屈な世の中を思い起こして下さい。  六十年も経って時代に合わなくなったとか、押し付けられたものだから憲法を変えようという動きがあります。「押し付け」を巡って、一九七三年の憲法記念日でこんな話を聞きました。「自分たちは敗戦の年に、人権保障を軸にした新しい憲法案を作り発表した。それに深い関心を持っていたGHQは、いわば憲法の素人。乞われて、憲法を彼らに教えてあげた。その結果、今の憲法に自分たちの案が取り入れられている。日本国憲法は押し付けられたものという人がいるが、決してそうではない。もし押し付けを言うなら、明治憲法となんら変わらない松本試案しか作れない、あくまでも国体護持(=天皇主権)にしがみつこうとしていた当時の日本の支配者・内閣の態度こそ問題にするべきだろう。」
   鈴木安蔵さんの印象的な言葉を、三十四年経った今でもしっかり覚えています。安蔵さんを中心にして、憲法研究会のメンバーが、これからの日本はこうあって欲しいと熱い思いを込めて、一条ずつ書き上げてい きました。それが今僕たちの使っている憲法に取り入れられたのです。
 明治憲法が作られる前にも、千葉卓三郎たちが同じような思いと方法で、人権保障中心の五日市憲法という憲法案を作りましたが、明治憲法はそれと逆のものになってしまいました。五日市憲法が作られていた頃に、植木枝盛も徹底した人権保障中心の憲法案を作っていました。これらはフランス人権宣言やアメリカ独立宣言などの民主主義の流れをしっかりと汲み取っています。鈴木安蔵は植木案を研究し学んでいます。 今の憲法は、明治憲法と違って、世界の民主主義の流れをしっかりと受け継いでいるものです。
 変えることを考えるより、国民がもっと豊かになるために、憲法をしっかり守らせて、政治に生かしていくようにしませんか。「実行のともなわない憲法は死んだ文章にすぎない」と、六十年前の『新しい憲法 明るい生活』の発刊のことばにありますが、まったくその通りです。憲法は国家と国民の約束事で、国政に携わる者は誰であれ、憲法をしっかりと守ることが義務として課せられています。それが九条の憲法尊重擁護義務です。公務員だった僕にとって、憲法は義務感から守るというより、自分たちの暮らしを守ってくれる絶対に必要なものだから、自発的に守るものでした。憲法のない無権利を体験してきたからです。
 憲法前文に、「われらはこれに反する一切の憲法・・・を排除する」という文があって、三大基本原理を否定する憲法改正は出来ないことになっています。恒久平和主義を否定するように憲法を変えてはいけないということです。政府与党が準備しているのは、九条二項の戦力は保持しないという箇所を変えることです。今の憲法の徹底した平和主義を根底から変えるというのは、議会政治の否定、民主政治の全面否定にもつながるものです。この改訂版を作っている最中にも、集団的自衛権や、国民投票法、米軍再編で辺野古に新基地建設などをニュースが報じています。我が家の上空を、厚木基地離発着の米軍戦闘機が爆音を立てて飛び交っています。日米安保条約で、基地を提供する義務が課せられているから、僕のふるさと沖縄にも、住む神奈川にも米軍基地があるのです。それが憲法の平和主義の原則に反しないか、よく考えたいものです。
 果たしてそれらが国民にとって本当に必要なのか、あるいは国民を苦しめるものになるか、判断がつかない時は、どうしたらいいでしょうか。山歩きが好きな僕は、立ち止まって考える、引き返す勇気というのを思い起こします。これは山で遭難しないための鉄則です。政治の世界でも同じでしょう。常に原点に立ち返って考えてみよう。原点とは、憲法が施行された時の九条の立場です。九条は、わが国が戦争に巻き込まれずに永久に栄えていく最もいいやり方として、戦争に関するものは全て持たないと決めたのです。日本を滅ぼすためではなく、繁栄のために。当時の国民は世論調査で、これで行こうと強く賛成しています。
 ここで集団的自衛権について触れるスペースはありませんが、その本質は歴史上間違っていた軍事同盟です。憲法の平和主義を捨てて、軍備拡大を進め、アメリカと共に戦争の泥沼に陥っていくか、憲法がめざす戦争のない世界を近隣諸国や世界中の国民と共に築いていくかの分かれ道に、今の日本は立っています。
 戦争のない時代を夢見続けた英加さんの遺志を生かすには、九条を守って世界に広めていきたいと僕は思います。戦争が起きてからでは取り 返しがつきません。今こそ原点に立ち返って考えませんか。遭難しないための真の勇気は、引き返す決断力です。
 「この憲法をどうするか、国民に問う時がくるだろうから、君たち一人ひとりがしっかり考えて欲しい」。このように高校社会科の授業で語ってきましたが、こんなに早くとは思っていませんでした。
 大好きなこの国を破滅させないために、ゼロ歳で沖縄戦を体験させられた僕が、そして、このささやかな『うちなー讃歌』が、少しでもお役に立てれば幸いです。


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[ 2007/06/04 20:40 ] 未分類 | トラックバック(-) | CM(0)
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